亡き父母 善弘と昭子を「偲ぶ会」にあたり
ご多用の折にもかかわらずお越しいただきましたこと
心より厚く御礼申し上げます
生前中に賜りましたご厚情を改めて感じております
皆さまよりお寄せいただきました
心温まるお気持ちを胸に刻み
これからも精進してまいります
引き続き故人同様にご厚誼を賜りたくお願い申し上げます

ダイジェスト
京都府議会議員 小巻 實司 様
京都市長 門川 大作 様
植柳自治連合会 田中 詠子 様
京都府知事 西脇 隆俊 様(代読)
謝辞 土屋 隆

※本サイトは当日会場の動画、写真を掲載しております。肖像権、プライバシーにおいて不快な点がございましたら取下げの処置を行います。
お手数ですがメッセージフォームよりご連絡のほどお願いいたします。

Precious memories..

ごあいさつ

謹啓 寒冷の候 ますますご清祥のこととお慶び申し上げます
さてこの度 亡き父母 善弘と昭子を「偲ぶ会」を上記の通り執り行うこととなりました
ご多忙中はなはだ恐縮ではございますが ぜひともご臨席賜りたくご案内申し上げます

謹白

土屋 隆

父と母は四六時中ケンカをしておりました。
仕事について、子供のこと、食事のこと、服装のこと・・・
周りにいた者が引いてしまうくらいの激しいケンカでした。
しかしながら、
母の危篤を聞いた父は、慌てて先に旅立ってしまい
母はそれをみて、追いかけていくかのように旅立ちました。
さながらそれは、生前の二人の姿そのものでした。
「なにしてんにゃ!早くせんとアカンやろ」
「ちょっと待ってぇなぁ。色々準備しとかんと後で困るやろ!」

「先に行くで!」
「もう、ほんまにしゃあない人やなあ。」
「ほな隆、私ら行くさかいに後はちゃんとやっときや!」
こんなやり取りが聞こえてきます。
もしかしてですが、二人は仲良しだったのかもしれません。
そんな風に思える今日この頃です。


皆様のお話もぜひ聞かせてください。
よろしくお願いします。

ご案内

日 時 令和5年2月14日(火)13時終了しました
場 所 リーガロイヤルホテル京都 春秋の間
京都市下京区東堀川通り塩小路下ル松明町一番地
電 話 075-341-1121
会 費 無料※お食事のご用意はしておりません
※誠に勝手ながらご香典 ご供花 等は固くご辞退申し上げます
※当日は平服にて御参席賜りますようお願いいたします

※お食事のご用意はしておりません
※誠に勝手ながらご香典 ご供花 等は固くご辞退申し上げます
※当日は平服にて御参席賜りますようお願いいたします

故人へのメッセージをお寄せください

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メッセージ

京都府知事からの送辞

本日ここに、土屋善弘様・昭子様を偲ぶ会が執り行われるに当たり、御生前の御遺徳を偲び、京都府民を代表して、衷心より哀悼の意を表します。
善弘様は、昭和10年創業の土屋念珠店において、妻・昭子様と二人三脚でお商売を営まれ、昭和52年に代表取締役社長に就任、平成19年に御勇退されるまで、長年にわたり伝統の技による格式ある念珠の製作に努めてこられました。また、御勇退後は、植柳自治連合会会長として地域ボランティアにも御尽力されるなど、その熱意と指導力に、心から敬意を表する次第です。
昭子様は、善弘様と御結婚後50年以上にわたり数珠職人として研鑽され、技術を高められるとともに、500人を超える職人を育成され、全国に京念珠の魅力を伝えられるなど、業界振興にも御尽力されました。平成24年には長年の御功績を称え、京都府伝統産業優秀技術者表彰を授与させていただきました。
善弘様、昭子様は、その生涯を京念珠の業界振興に捧げてこられました。改めて、御功績を称えますとともに、お二人の御意志を受け継がれ、土屋念珠店様がますます御隆昌・御発展されますことを御祈念申し上げ、偲ぶ言葉とさせていただきます。
西脇 隆俊

京都市長からの送辞

京都市長

土屋善弘様、昭子様、本当に寂しい限りです。1年経った今も、まだ信じられない思いでいっぱいです。 お二人は、いつも温かな笑みをたたえられ、私に心のこもった応援や、貴重なアドバイスを数多くくださいました。思えば私の10代の頃から深いご縁を頂き、私の生き方の、人生の師匠のような存在でした。感謝の気持ちでいっぱいです。本当に感謝に堪えません。
善弘様は、御尊父の義雄様が創業された土屋念珠店を引き継がれ、常に実意を込めて、全てを大切に、誠実そのものの生きられ方を貫かれました。昭子様とともに、品質とお客様の信頼を第一に事業を拡大。家業を通じて京都の伝統産業の継承・発展、地域の振興にも努めてこられました。 しかし、その道のりは決して平坦なものではなかったと伺っています。若かりし頃には、念願叶って大学に進学されたものの、学業と家業との両立の中で体調を崩され、志半ばで退学されました。こうした辛い御経験を経て、3人の御子息には学問を修めることを熱望され、その願いは実現。今では、御長男・隆様が、立派に家業を継いでおられます。
また、昭子様におかれては、善弘様と御結婚の後、創業者の義雄様から直接、数珠製造の技術のみならず、仕事全般の手ほどきを受けられました。 そして、京念珠の伝統と技術を後世に伝えるため、職人の育成にも注力。500名を超える職人の方々を育成されました。その御功績により、平成24年には「京都府伝統産業優秀技術者表彰」を受彰しておられます。
今日の土屋念珠店の御発展は、善弘様と昭子様が、仲睦まじくも誠実に、努力に努力を重ね、周囲への感謝の気持ちを大切に創り上げてこられたもの。心から敬意を表する次第です。
そして、御長男の隆様は、社員の皆様が、安心して長く働き続けられる制度の導入や、社会貢献にも心を砕いておられます。このことは、人や人の心を大切にする経営方針が、御両親からしっかり受け継がれている証と、大変心強く感じております。
また、善弘様は、一線を退かれてからは、地元・植柳学区の自治会活動にも御尽力。植柳自治連合会会長を10年以上にわたり務められました。
植柳学区のまちづくりや活性化に全力を尽くされる中、とりわけ、「元植柳小学校跡地の活用についての要望の取りまとめ」という大切なお役目を務められました。さらに、「東本願寺前における市民緑地整備事業に係る関係者会議」においても、地域の代表者として貴重な御意見を賜ったことに、改めて心から感謝申し上げます。
最晩年となった昨年は、植柳学区が、時代祭の徳川城使上洛列を担当されるということで、その成否を大変気にかけておられたと伺っております。善弘様は、学区の皆様が巡行される雄姿を見ることは叶いませんでしたが、当日朝、隆様御夫妻が、御両親の遺影を胸に学区内の巡行に帯同されました。 沿道の皆様の中には、そのお姿に涙した方もおられたとお聞きしました。善弘様の御人徳が偲ばれます。そして、時代祭行列の成功に、御本人も、安心されたのではないかと存じます。
私といたしましては、小学校跡地の再整備や東本願寺前市民緑地の完成を、善弘様と御一緒に祝うことができないことが、残念でなりません。しかし、京都市として引き続き、宇野健藏会長をはじめ植柳自治連合会の皆様、下京区民の皆様と一丸となり、人々が集い・交流し、絆を深める「まちづくりの拠点」の構築に力を尽くしていくことをお約束いたします。
多くの方々から慕われ、御身を尽くされた善弘様、昭子様。
どうか、これからも、天上から下京を、また京都のまちを、温かく見守っていてください。
いつまでも名残惜しい気持ちは尽きませんが、お二人の在りし日の面影を偲び、安らかなるお眠りを心からお祈り申し上げ、お別れの言葉とさせていただきます。 門川 大作

たくさんの心温まる言葉をいただきました
メッセージをご紹介します

ふじき

入社してからたくさんのことを学ばせてもらいました。
お二人の意思を受け継ぎ、今後も会社発展のために尽力いたします。暖かい目で見守ってください。

たろう

お二人に誘われ旅行で行った北海道で食べたお寿司の味が忘れられません。
願わくばもう一度行きたかったですね。善弘さん、昭子さんお二人とも安らかにおやすみください。

吉井 隆夫

土屋昭子様。大変お世話になりました。
私のプライベートについても、本当に親身なって相談にのっていただきました。私が御礼を言うと、「あなたは、私の四人目の息子やから」と言ってくださったことが、大変うれしく、今でも忘れられません。ありがとうございました!

岩佐武彦

土屋さんとは3代に渡ってお取引させて頂いています。私が大学に入学した時、下宿探しに京都に行きましたが、その時に土屋念珠さんに相談させて頂きました。すると3月に入ってから探したので、なかなか見つからず、奥さんが2日間私と共に不動産屋を回ってもまともな下宿は見つからず、諦めてかけて最後に休息に入った喫茶で紹介されて、その当時下宿が見つかりました。自分の息子のように親身になって、一生懸命探してくれた姿が今でも瞼に浮かびます。会長夫妻にはその時から、学生時代たびたびお世話になり、大学生活を楽しく過ごさせて頂きました。ご夫婦の写真見ていましたら、懐かしくその当時を思い出させて頂き、この世での夫婦修行を終えて、極楽でお二人楽しく過ごしていると思います。

(有)山崎工業所 代表取締役 山崎忠志

土屋善弘様 昭子様のご逝去に際し、ご遺族の皆様ならびに社員ご一同様に謹んで哀悼の意を表します。
土屋様には弊社社員一同、ご生前のご厚情に語りつくせない恩義を感じております。ご家族の皆様の心中を思いますと、悲しみや寂しさはいかばかりかと存じますが、お気持ちを強くもちどうぞご自愛ください。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

西垣光代

私は岐阜の大垣教室で篤史先生にお世話になっている者です。
京都へは、5年に一度、吉田嘉陽社の会のパーティーでお会いしていました。
親子で石橋の半能をされた事が記憶に残っています。
ご冥福をお祈りします。

村瀬昌弘

ご連絡頂きありがとうございました。
今も思い出す事はまるき製パン所さんのパンをよく頂いた事、そこを通るたびに思い出します。
当日はご遺族の皆様とともに故人を偲びご冥福をお祈りしたいと思います。

吉田篤史

おじさん、おばちゃんには、ほんとにほんとに、子供の頃から、いっぱいいっぱいお世話になりました。
世話になりすぎて、あれやこれや、書ききれない。。。。
親戚とはいえ、それを越え、我が子のようにいつも接してくださり、また大人になってからは、先生として立てて下さった事、本当に感謝しています。
何より、父を支えてくださって、50年!感謝、感謝です。
2/14参れない事、残念ですが、今まで支えてくださったものを、何とか次の世代へ渡していけるよう、東へ西へ走りまくって、おじさん、おばちゃんに怒られないよう、頑張ります。ご冥福お祈り申し上げます。

京都東本願寺前郵便局 局長 林大毅

土屋様には、先先代の局長の頃から、大変お世話になりました。
ご逝去を悼み、局員一同、謹んでお悔やみ申し上げます。

かくさい

土屋会長には人生の岐路で1回、会社の厳しい時に2回、相談に乗っていただき、その都度適切なアドバイスをいただきました。
今日まで仕事が続けられているのも会長夫妻のおかげと深く感謝しております。
色々とありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。

亀井和昭

ライトブルーのボルボを運転されていたダンディな御父君、珠数のしたてを細やかにされていた御母君。
私の想い出に残るお二人を熊本の地より偲ばさせて頂きます。合掌

原田悟

土屋前自治連合会会長と奥様のご冥福を心から御祈り申し上げます!

中本勝也

父は会長に連れて行ってもらえたカウンター越しのお店での京都鱧づくしに舌鼓を打ったとよく話してます。それ以来、時節には食卓に取り寄せては食すほどの大の鱧好きになりました。私も隆社長にお世話になり下宿していた学生時代、初めて鱧料理を目の前にした時も会長がご一緒の時でした。
常に笑顔で、凛としてる姿しか思い浮かばない会長、祖山よりご冥福をお祈り申し上げます。
合掌
南無大師遍照金剛

川田晴美

半世紀以上前に、大学生として京都へ出て来た私が、初めて訪れた新しい友人の家が土屋家でした。それがお兄様の善弘様・昭子様ご夫妻との初対面です。土屋家の皆様には大変親切にして頂き、ご子息の家庭教師やお店のお手伝いなど様々な面で苦学生の生活を助けてもらいました。京都で就職も決まり、いよいよ土屋家ともお別れかと淋しさを感じた頃、昭子様から、「謡曲」なるものを勧められ、善弘様の従弟の方が教えておられる吉田嘉謡社へ入門しました。以来、今日に至るまでの四十数年間、土屋宅の稽古場に通い続け、古典芸能を一緒に楽しませて頂きました。本当に長い間お世話になりありがとうございました。お二人のご冥福をお祈りします。

元、寿し駒

もっと、もつと、お話しをしたかつたし会いたかった。お二人様にはお礼の言葉がいい尽くせません。寂しすぎます。

下京渉成小学校 波多野愛

土屋善弘様には、植柳小学校に赴任しました時から大変お世話になりました。下京渉成小学校でも学校運営協議会理事様として、子どもたちのことを優しく見守っていただきました。最後まで温かく学校を支えていただき感謝しております。ご冥福を心よりお祈りいたします。

竹内

植柳小学校地域活動の一環で、学校の教室での子どもの見守りの際に、ご主人とご一緒させていただきました。また、子どもがお宅に学校からのお便りをお持ちした際には、いつも優しく接していただき、時には奥様から美味しいパンを頂いて帰ることもありました。
主人は、以前の勤め先で可愛がっていただきました。独立後、お目に掛かれなかった事が悔やまれます。他府県出身の私たちにも変わらず接していただき、心よりありがたく思っておりました。親も子も育てていただきました。
どうぞ、安らかに。

山中慎一

早いもので、もう一年‥
思い出すのは、会長奥さんには大事にして頂いた事ばかり
休みの日は会長にゴルフ、ボーリングなど一緒に連れて行ってもらい
奥さんにも何かあれば声をかけて頂いて、
車で出かけたことなどいっぱいいっぱいありすぎて
感謝しかありません
ほんとうにありがとうございました

畑幸子

土屋会長 昭子様
能楽の会 育友会 お食事会など
お二人のお姿が目に浮かびます。
共に過ごさせていただいた
たくさんの思い出をありがとうございました
感謝の気持ちで一杯です

廣野貴夫

ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。
下京区長時代にはお二人様の優しいお心遣いに励まされ助けられたこと、感謝の言葉もございません。
ひた向きに地域で活動されておられましたお姿を懐かしく思い出されます。
心からご冥福を念じます。

布施順子

紫芳会では お世話になり ありがとうございました。
もっと お茶やお花 謡曲の話をさせて頂きたかったです。
ご主人様と仲良く ご冥福をお祈りします。

株式会社フルーツドロップス

天寿を全うされました土屋善弘様・昭子様の在りし日を偲びつつ、社員一同心よりお悔やみ申し上げます。

三口公子

土屋の善弘様、昭子様には、娘の関係で大変お世話になりました。 思い起こせば、子供たちが京都の大学に進み、主人も同時期に北海道に転勤になりましたので、 京都に家族で住んだ方が良いと思い、相談したところ、住宅をお世話していただいたのが始まりです。
それからは、ご近所ということもあり、昭子さんとは、食事をしたり、デパート等の催事に誘われたりで、一緒によく出かけました。 時には、善弘さんも一緒に、豪華なホテルの食事を楽しみました。 お二人には、いろんなところへ連れて行っていただきました。 本当に感謝しています。
現在は、子供たちも独立し、夫婦二人で兵庫県の片田舎に住んでいます。 思い出は、つきませんが、 今は、コロナ禍ということもあり、ましてや、お二人の居られない京都へ行くのは、寂し過ぎます。 いつまでも良き友人の一人として、お二人のご冥福をお祈りします。

小林孝次

土屋 隆 様
例年になく寒波が続いていますがいかがお過ごしですか。お伺いいたします。
2年前でしたか今年を持って年頭のあいさつを終わらせていただきますとご夫婦の元気 そうな写真入りのお便りをいただいたばかりですのに偲ぶ会のご案内が届き夢ではな いかとおどろいています。人間の命は解らないものですね
土屋君とは小中学校が同窓で中学3年生の時クラスメートでした。
おとなしく真面目でよく勉強され毎月?漢字のテストがあり、土屋君は常にいい成績で 担任の先生の信任も厚く皆から好かれる優秀な生徒でした。
一方私は野球や卓球などスポーツ好きな生徒で級友とプロレスまがいのことをするいい加減な生徒でした。
全く逆な性格にも拘らずいつも親しくお付き合いをしていただきよき友達でした。
違う高校に進学したためその後は同窓会で会う程度でしたが 中学卒業と同時に開始した年賀状の交換は70年近く続きました。こんな土屋君の死はたまらなく寂しく残念でなりません。 出来る事ならお別れ会に出席したいのですが 私は1人で乗物に乗ることを禁じられていますので残念ですが京都とまで行くことができません。 どうかお許しください。
今ではどうか安らかにお眠りくださいと祈るばかりです。 合掌

田中千草

最初は隆くんのお父様お母様として、小学校の頃から折に触れて優しくお声をかけていただきました。
年齢を重ねる中で、昭子様とは同じお社中としてお花を研鑽するなど、楽しい時を過ごさせていただくようになりました。
気遣いも深く明るいご性格もあり、後進の育成にもご熱心でした。
私も何度かお手伝いをさせていただいたのは良い思い出です。
何年か前に踊りの会でお会いしたのが最後になってしまいましたが、今もあのお優しさは私の心に残っていて、これからも忘れることはないと思います。
ありがとうございました。

荒尾晴子

ご無沙汰しております。
この度はご両親の偲ぶ会のご案内をいただきまして有り難うございます。 お写真を見せていただき、ご両親のことを思い出し懐かしさで胸がいっぱいになりました。
亡き主人もお二人とは仲良くさせていただいて
いつも喜んでおりました。
私はお母様から多くのことを学ばせていただき、 私にとって姉のような存在でした。
今でも思い出す度に寂しさで涙が出てしまうのです。
今日は体調により欠席で本当に申し訳ありません。
お二人のご冥福を心よりお祈りいたします。

河本裕子

始めにお二人のご冥福をお祈り申し上げます。
私と土屋様のご縁は、三菱製紙を定年退職した時、謡曲部でご指導いただいた吉田先生から、家からも近いし、同じ年頃のご婦人が何人かいらっしゃるので、土屋教室を勧めていただいたからです。
60前後の女性が三人いらっしゃいました。昭子様の肝いりで、ランチ女子会を開いたり、花展やお茶会にも誘って頂きました。
72年前、両親の知人が花屋町に新居を持たれたので、家族揃って訪ねたことがあると話したら、土屋様の二、三軒西側のお家で、そこの奥様が後に昭子様の茶道の先生になられたとのことでした。
私が西本願寺の仏教婦人会の京都教区の委員になった時、私のだんな寺と親しいからと話しかけられた方が、土屋様の南側の袈裟匠の方でした。
嘉祥閣で、だんな寺の門徒総代の奥様に会ったので、どなたのお知り合いかと聞いたら、昭子様の高校の同級生でした。
他にいろいろ、思い出しますが、長い間、お世話になりありがとうございました。

河本梓

土屋さんのおじさんにもおばさんにも、吉田嘉謡社の先達として、また母の友人として、大変お世話になりました。
おじさんには会の際に謡の寸評をいただいたことや宴会の締めのラバウル小唄が思い出されます。また折々謡の一節を口ずさまれていて、謡が本当にお好きなんだなぁと尊敬していました。
おばさんにはほんとになにくれとなくよくしていただきました。いつもいいように言っていていただいて恥ずかしいやら恐縮するやら、温かいお言葉に励まされることが多々ありました。

お二人ともきっといつまでも嘉謡社を見守ってくださると思います。
コロナ禍が過ぎて宴会が出来るようになったら、ちょっと下界に降りてきて一緒にラバウル小唄を歌ったり手拍子したりしてくださいね。

新居万太

ご丁重な案内を頂き、恐縮してをります。西小路先生のお手伝ひに始まり、宗昭先生ご自身の紫芳会でのお手伝ひなど、あまりお役には立てませんでしたが、当方はいつも大変勉強させて頂きました。数々の思ひ出とともに、感謝の気持ちばかり今も残ります。 今回、是非ともの参加をと思ひ、そのやうに調整してゐたつもりでしたが、昨日、急な仕事の配分があり、だうしても休みが取れなくなったため欠席の止むなきに至りました。大変申し訳なく、また残念に思ってをります。折々に頂戴した貴重なお数珠は、今も大切に使はせて頂いてをります。懐かしいお写真を拝見し涙が出ました。心よりご冥福をお祈り致します。

小田宏之

善弘様、昭子様には、私の幼少の頃より、また社会人になってからも、公私共に大変お世話になりました。善弘様の快活でおおらかな笑顔、昭子様の思いやりに満ちた眼差しは、今でも鮮明に想起されます。この度も、感謝の気持ちと共に、お二人様を偲ばせて頂きたく存じます。

石原智弘

自治連合会、町内会、そして亡両親がいつも楽しみにしておりました九人会では大変お世話になりました。 お浄土では思い出話に花を咲かせていることと思います。お二人のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。

たけたに みき

かねてよりご療養中とは存じ上げておりましたが、この度の善弘様・昭子様のご永眠の報に接しただ残念でなりません。
生前よりお世話になり、語り尽くせない恩義を感じております。安らかにご永眠されますよう心よりお祈り申し上げます。